SENDAI ORIGIN

YouTubeチャンネル「SENDAI ORIJIN」制作者のブログ

ヤングチャンピオンの付録DVD出ているアイドル。実は最近個人撮影をした春谷美羽さんだった2

 前回の記事は前置きが長すぎました(笑)。書き足りなかったことを書いていきます。

 春谷美羽さんは仙台のご当地アイドルにして、雑誌ヤングチャンピオンの音楽部に所属?し、時折、ヤングチャンピオンの紙面やYouTube、また今回のように付録のDVDにも登場するアイドルという二面性を持っています。

 私のYouTubeチャンネルではアイドルライブ動画もアップしてますが、チャンネルの方向性としては、もともとアイドルのライブを上げるチャンネルではありませんでした。仙台のご当地アイドルとして、仙台がらみで美羽さんのライブを撮ったものをアップしたのが始まりでした。チャンネルの主旨は、仙台の素晴らしさを全国に伝えたいというのが本来の主旨です。

 コンビニの夜間帯の勤務と、父親の介護も今年に入り大幅に時間を取るようになり、当面はアイドルライブに出向き、撮影するつもりはありません。本来の主旨から外れてしまうチャンネルにもなってしまいますし。私じゃなくても複数のカメラマンさんがライブを撮影してますから、今はそういった方にライブ撮影はお任せしたい感じです。

 春谷美羽さんは昨年後半から、仙台の街中でポートレート撮影をしたいと思っていました。彼女自身、仙台のご当地アイドルとして頑張りたいという気持ちは強いですから、何とか個撮したいなぁと思っていたところ、そういう機会に昨年恵まれたのでした。

 私は熱狂的なアイドルヲタクという訳ではありませんから、それ系のライブにもあまり行かないし、美羽さんとはアイドルライブ後にある物販でも、話したことはありませんでした。そんな私が美羽さんと撮影で1対1で話してみると、凄くキチっとした方であるというのが分かりました。しかもそういう面を本人は一切自分では鼻にかけていない、私が興味を持ったところはそういうところなんですね。

 ですから今回の撮影はアイドルっぽく撮るより、20代のキチっとしたオシャレな女性が、仙台の綺麗な街中を歩くというのが、前面に出るような撮り方をしたかったんです。私はもともとカメラは趣味にしてませんでしたから、どこまでそのような感じを出せたかなという思いは今でもありますが。

 ご覧なった方が、えっ、アイドルの「みんみ」って、落ち着いた雰囲気で大人っぽい!!、なんて感じて下さったら光栄ですね。私が撮影で接した「みんみ」は、アイドルで可愛いだけじゃない、落ち着いて人の話を聞ける素敵な女性でしたから。

 正直、今回出たヤングチャンピオンのDVDを観るのは怖かったです。どんな「みんみ」が、そしてどんな姿で、どんなポーズで登場するのかと・・・。

 観終わって、「・・・」という気持ちにはなりましたが、「変な道には進まないから安心して・・・」と、彼女は私に言った時がありました。なので「・・・」という気持ちにはなりましたが、アイドルだったらこれくらいのグラビア撮影してる子いるよな、という気持ちに徐々になれました。

 私も男性ですから水着のグラビアとか本屋で見ると「おおー」という感じにはなります。それは雑誌を開く時点で、どんなかわいい子が出ているんだろう・・・という気持ちが先行しているからだと思います。人の感情というものは、その人が置かれた状況や、接してきた相手から影響を受けるもの、それによって変わってくるものだと思います。哲学的に言えば「唯物論」、仏教的に言えばメジャーなお経である「般若心経」ですね。

 まさに今回私は、その感情の違いを、身をもって私は体験しました・・・。


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ヤングチャンピオンの付録DVD出ているアイドル。実は最近個人撮影をした春谷美羽さんだった・・・

私が撮影した春谷美羽さん

 久々のブログです。最近感じたことですが、やはり私はブログが性に合っていると感じました。現在はコンビニ店員ですが、数年前までは会社員。労働組合を作り、会社と闘ってました。それは従業員、みんなの為でした。給料遅配が当たり前になっていた会社、いくら働いても会社が儲かってないからと昇給なし、ボーナスなしの会社を揺さぶりたかったのです。

 そのような行動を起こした私は、会社から一度、解雇されています。しかしその後、裁判闘争をし、解雇撤回、その際は記者会見までやりました。

 しかしそれも今となっては遠い過去です。もうあんまり職場で自分のキャラを変えて、会社を揺さぶったり、長期の裁判闘争はもういいです。ちなみにその会社は倒産し、今は別な経営者が引き継ぎましたが、私はその会社は離れています。

 前置きが長くなりました。でもそれができるのがブログ(笑)。

 さて、現在コンビニの店員で、土日や深夜関係なく仕事をしている私ですが、もともとオタクの部分はあり、昨年数回、地下アイドルの野外ライブに行ってました。YouTubeをやっているのでライブを撮影し、YouTubeの自分のチャンネルにアップしたりもしてました。ただ昨年暮れより、カレンダー通りの休みでないため、ライブに出向くことはなくなりました。やはりライブに出向くのはきつかったです。

 そこで最近では推しのアイドルの個人撮影がメインになってしまいました。昨年から他のモデルさんの撮影もしていましたので、アイドルさん個人の撮影にはスムーズには入れました。

 ので、ライブ撮影に関しては、今は他のカメラマンさんに任したい気分です(笑)。

 最近、動画と静止画を撮影したヤンチャン学園SENDAIの春谷美羽は、今回、指向を変えて、オトナっぽく、オシャレに、そしてキュートさも出るように撮影したいというのがありました。あまりオタク目線では撮影していません。だだ、私の撮影歴数年の腕で、どこまでできるかという感じでしたが・・・。


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YouTubeの説明欄に書きましたが、奇しくも春谷美羽さんがヤングチャンピオンにのDVDに水着で出ている号(2024.2.27発売号)の発売日と、同時期のYouTubeアップになりました。

 私が撮影で接した春谷美羽さんは、天下のヤングチャンピオンのDVDのイメージより、YouTubeに私が出したイメージの方が、自分的には近いのですが(笑)。もっとも、このイメージで行けると感じて、今回の撮影をしているわけですが。

 もう多くは語りませんが、新たなるヤンチャン学園SENDAIの春谷美羽さんの魅力が発見できたら、こちらとして幸いです。

 

ヤンチャン学園SENDAI春谷美羽さんにプロのアイドルの心意気を見せられ感じたことがあります

ステージに立った春谷美羽さん


 

 仙台を舞台に特定のジャンルにこだわらず撮影し続ける私のYouTubeチャンネルも、立ち上げて早や足掛け4年。最初はお祭りのステージを中心に撮影しアップしていましたが、昨年、仕事で若い頃やった経験があるコンビニの販売員になり、夜勤中心にやるようになって、昼間、いろんなことに考える時間ができ、すでにYouTubeのチャンネルを持っていた私は、もっと広い分野をチャンネルに盛り込みたいという、自分のチャンネルの見直しを考えるようになっていました。その結果が、現在のチャンネルのスタイルになっています。

 私事で恐縮ですが、実のことを言うと約20年間勤めていた会社が倒産し、柄にもなく給料遅配の改善、コロナ給付金をちゃんと国から受け、パート労働者(私は正社員でしたが)に対しても安定した賃金を出すこと、そのような改善を会社に対し訴えたていた私は、他の経営者に変わって会社が再生しても、会社のことは考えてない者と見られ雇われず、おとなしくしていた者の方が雇われる結果でした。でも今は、みんなのために言うだけのことは言ったという思いがあり、その会社には未練はありません。久々にサブカルチャーとは縁があるコンビニ従業員になれ、自分のYouTubeチャンネルのことも考えていく時間もできたわけですから。

 そこで今回の話しは、最近、初めてアイドルの撮影動画をYouTubeチャンネルにアップしたのですが、自分が撮影し、カメラ越しに観て初めて分かった、仙台のアイドル、ヤンチャン学園SENDAIのメンバーである春谷美羽さんについてお話し、美羽さんを通して感じた思いを話していきます。

 と、何で春谷美羽さんと言うのか、堅苦しい・・・、本人が希望している呼び方「みんみ」でいいじゃないか?と言われるかもしれません。でも私から見れば、そう呼びたい人がそう呼んでくださいという感じなんです。私自身が女性に対しそういう呼び方をするようなってしまうと、ダメなんです(笑)。もともと甘い性格ですので、言葉がそういう感じだと、すぐ言葉に甘んじてしまい、軽々しく接してしまいそうなので、まぁ、実際に美羽さんと1対1で話すことはないんでしょうけど(笑)。

 以前、転職する際、つなぎで働いた運送業の会社でさえ、同僚に対し、みんな「さん」付けだったんです。私はそれだけで、その会社を現代的な感覚の会社だと思ったのです。縦割りの組織の会社、すなわち上下関係が厳しく、部下を呼び捨てするような会社、というのは今は流行らないです。その運送業の会社はやっていることが体育会系であるにも関わらず、きちんと立場関係なく相手を尊重していて、意見や改善を上の人が聞き入れる会社でした。上司までもが部下に「さん」付けで言うのは、そういう気持ちの表れと私は思っています。平社員に対しても幹部がちゃんと「さん」付けできる、以前、ちょっとだけ働いた会社で肌で感じた思いは、今の自分の思考にはすごくプラスになっています。

 さて、私は自分のチャンネルをYouTubeに持っている関係上、やはり当然ながらYouTubeの動画はしょっちゅう観ています。サブカルチャー好きなので、地下アイドル関連のステージ動画も観ます。ヤンチャン学園SENDAIというグループも、今まで何回か観た記憶があります。

 そして5月に入り、自分もヤンチャン学園SENDAIのメンバーのステージを撮影する機会があり、そこであらためて感じたことがあります。

 自分が家のパソコンで地元、仙台のアイドルであるこのグループを観ているときは、パソコンの画面から感じ取れる自分自身の主観が、このグループ、というか今回撮影した美羽さんに対しての評価になっていました。動画を観るということは他の方が撮影したものをただ娯楽として観ているので、「アイドルだ、可愛いな。」そういった気持ちが先行して観ています。それこそが自己の主観を形成する主体であって、彼女の情報が動画からしか得ない中で、自分の勝手な思いだけで、この娘はこうだと評価していました。

 しかし今回、実際に目の前で美羽さんの表情を見て、発する言葉も聞いて、しかも基礎情報も撮影した後にネットで調べています。もはやYouTube動画の先入観は影を落としていたのです。それと同時に感じたことがあります。この方は、アイドルの本当のプロなんだということです。アイドルのプロだから、機械的にやっているとかマイナスのイメージではありません。正直なところ、恐れ入りました。また、尊敬したい気持ちも生まれました。

 他のメンバーが私用等で用事があったようですが、美羽さんは堂々と一人でステージに表れ、ステージをこなしていくという気持ちが態度に表れていました。でも、そのようなところを自分からは一切アピールしていなく、逆に「緊張しています」と自然に言う姿があり、そこに臭さも何もこちらはまったく感じませんでした。本当に緊張しているのでしょう。そんな中でも瞳は、真剣にステージをこなさなければというプロの瞳でした。また冷静さを雰囲気から凄く感じたのです。実際の見た目の雰囲気は可愛らしく、歌い方もアイドルしているのですが、本日のステージはライブ会場ではなく、大型店の一角のステージで、他のライバルアイドルも次々出てくる中、観客はファン以外の方もたくさんいます。お客さんの目は厳しいはずです。その中で、一人で可愛らしく最後までステージをこなす美羽さんに本当に感銘しました。彼女の中で本日、どういう状況か、メンバーが欠けている、場所はファン以外もいる、だからどういう感じでどうしなければならないか?が分かっていて、その上でステージに立っているのです。

 私はこの歳にして恥ずかしいことながら、「アイドルも真剣に仕事をこなしているんだよ」という事実を、彼女から教えられたような感じがします。

 「人がいっぱいいて、知らない人ももちろんなんですけど、バーベキューしている人からも観られてるので緊張するんですけど・・・。」と一曲終わった後のトークで美羽さんが言っていますね。正直な思いなのでしょう。後ろ盾のメンバーもいない中、新しく用意したアイドルの衣装を着て、こちらのカメラも意識するパフォーマンスもあり、一つ一つの状況から判断していくと、片手間にアイドルをやっているのではないという姿勢が凄く分かりました。他の人が撮影した動画越しには、正直、彼女には大変申し訳ないのですが、この娘、まだ若いのかな?学生で時間があるときアイドルしてるのかな?、パッと見でそんな感覚しかなかったのです。自分がどれだけ主観的な人間なのか、色メガネをつけて観ていたのか、今回の撮影で、直に彼女の表情を見て撮影をしてみて思い知らされました。

 


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やはり個々のアイドルの本質は、現場で観て、その状況から分析し判断していかなければ、分からないものです。

 こういうことは日々、私たちが生活していく中でも、同じかもしれません。まず先入観や自分自身の経験上からくる感情を捨て、相手を観る。最初に縦割り組織のことを書きましたが、いい組織、いいグループというのは、まとめ役の人ばかりでなく、全体が客観的に物事を考えられる人、自分はこう思うからこうするではなく、こうすることによって周りの状況がいかに良くなるか、という人の集まりで構成されているということになるでしょう。だからこそ一方的な指示を黙って受け入れる組織ではなく、お互いに話し合って、良い方向に持っていける組織なのでしょう。

 ところで美羽さんは栄養士の資格を持っているようです。詳しいことは分かりませんが大学で食産業とか学んだり、研究された方なのでしょうか? というか高校を卒業した後、栄養士養成課程のある学校で2年以上学ばなければ、栄養士にはなれないようです。一つのことを学び極める、学生時代はそういうタイプであったのでしょうか。この日はアイドルの衣装を着てましたが、カットソーを着て、デニムパンツを履いて大学で真面目に学ぶ姿、彼女の表情を観察していると、仮にですがそういった光景を見たとしても、全然、不自然さを感じないでしょう。

 当日、生で観て、自分が主観という色メガネを外してみると、美羽さんは凄く冷静な方というのを発見し、アイドルの衣装を着ていても、表題にあるように、真面目に今日のお仕事をこなすという心意気のようなオーラを感じました。



運気を上げる心構えで私が思うこと

有名な「Xmas Express」のオマージュYouTube動画に出演して頂き、カメラ目線で笑顔も振るまってくれたモデルの八海杏奈さん。

 表題、どう感じたでしょうか? 私は50年以上生きていますから、その人生の中で学んだものは多々あります。それらを申していきたいという気持ちになり、今日は話していきたいと思っていますが、最初に申していきます。運気を上げる心構えを実践したところで、現在起きている問題と向き合う姿勢がないと、状況が好転しないということです。これでは「苦しい時の神頼み」です。

 神社にお参りし、一心に手を合わせる。手を合わせれば心も落ち着き神様が何とかしてくれるという気持ちになる。しかし現実とむき合わず状況を変える研究、努力もしていないので、苦しみは変わらない・・・という状況になってしまいます。日々、運気を上げる方法を実践したほうはいいのですが、形だけ実践して、現実を変える努力をする気持ちがないと、結局、何も変わりません。単なる精神論で終わりです。そこはご了承頂きたい点です。

 反対にその逆のケース、状況を書き出して分析していき、状況を変える指針を出し、それに向かって頑張っているが、人としての基本的なことがなっていない人。そういう方も長い人生の中で私は見てきました。

 私は現在50代でコンビニ店員をやっていますが、若い頃も実はコンビニ店員の経験があります。その頃の方が若かったので仕事がスムーズにやれたのではないか・・と思われがちですが、実はもうすぐ初老となろうとしている今の方が、楽しくきちっと仕事をやれています。生活をしていく中での発想の変化からなのでしょう。

 ですが・・・です。机上の精神論では何もなりません。もっと言えば、心構えさえよければ何もかもうまくいくという、宗教染みた考えになってもどうかと思います。心構え+実際に状況を変える行動・努力・研究、それが無い方には、今から申すこともおすすめできないことを、あらかじめ申しておきます。

 では・・・運気を上げるにはどうしたらいいのか?

 私は日常の生活をより良いものにしていこうと考える中で、外せない思いは「人事円満」、このことです。いくら給料が高い会社に入ろうが、理念が高いサークルに入ろうが、人間関係が悪かった話しになりません。ただそこで思うことは、自分の人間関係が悪いのまでも、他の人のせいにしてしまう人がいるということです。もっともそれは否定できない部分もありますが、そのように思う発想が自分は悪くない、相手がこうだからという、自分を振り返らないことが多く、相手のせいにしてしまっているのです。

 私は共産主義者でも何でもないですが、マルクス唯物論では、自分が周りに及ぼす影響に着目しています。事物の発展を事物の内部の自己運動とみなし、その運動が周囲の他の事物と連帯し合い、影響し合い、状況が変わっていくという考えです。過去の学生運動において、当時の学生活動家達は共産主義を掲げ、その原点はマルクス主義でした。現在の世の中は動かしがたいと考えがちなところを、彼らは事物の発展を事物の内部の自己運動とみなし、その時々の社会の現象に振り回されることなく、内部にある発展の力に変革を見い出していました(但し若さ故か暴力的にそれを実行したことに対し、私は当時の彼らの行動は肯定はしません)。

 また仏教の経典にメジャーな般若心経というのがあります。物質には実体がない、「空(くう)」である、というのです。この部分はまさに唯物論の世界の事物と形態は、永遠に変わらないものではないと考える部分に似ています。あなたは今、苦しいか、苦しいのなら苦しみから逃れられる方法がある。人間も物質、「空」だからどのようにでも変われる、しかし本質(核)は変わらず存在する、だから悪い状況下でも存在はなくならず、いい方向に変われる道がある、修行によって自分を良い方向に変えていくこと、そういった道を歩まなければならない、そのような意味、考えが般若心経にはあります。

 唯物論も般若心経も、現象にとらわれず、本質に気付き、良い方向に変えなさいという意味合いがあります。

 マルクスの思想は左翼、日本の古典的な仏教、精神世界を重んじる思想は右翼的だと言われますが、実は共有する考えが両者にあることが伺えます。私はどちらにも偏った見方をしていませんので、そういうことを発見した訳ですが。

 周りの変化に状況の変化を求めるよりも、まず自分の気持ちを良好に保ち発展性のある考えを持ち、周りには感謝の気持ちで優しく笑顔で接し、自分の良好な気持ちを波及することに着目してはどうでしょうか。やはり人はそのように考える人、また笑顔で話してくれる人に好感が待てます。自分の行動が相手にどう影響を及ぼすか、それは唯物論や般若心経が示しています。自分の気持ちが良好に変わらない限り、いくらいい会社に入っても状況は変わりません。相手からどういう人物か、どういう評価の目で見られているか、というのがあるからです。

 人に優しくせよというのは、博愛主義者だけが指針にする言葉ではないと思います。それは回りまわって自分に跳ね返ってくることであると思います。

 その上で私が申したいことが1つあります。単なる「人に優しく」ということだけだったら、多くの人が言っていることをコピーしただけの感じで終わると思います。私は「人に優しく」接していくことが運勢を良くしていくと考えることかつ、「自分にも優しくしていく」というのが大事だと思っています。よく自分を犠牲にして相手に尽くすということが、美学だといった考えを言う人がいますが、そういうのは昭和的な考えと私は思います。苦労して耐えて我慢して、その先に状況の変化を見い出すといった根性論は、男社会の中ではそれで良かったかもしれません。しかし今は男社会ではありません。たとえばですが今の若い女性がそういう話しに付いていけるのでしょうか?、と私は感じます。時代はハードからソフトに移行しているように私は思います。私はそんなに詳しくは分かりませんが、男性も硬派より、いい意味で女性らしい要素もある男性が人気のある時代なのではないでしょうか?

 私はちょっと前から我慢して、生活を過ごしていくということをやめました。もう50代も後半ですから、年齢的に見ても、これからは今までのような考えはやめよう、体調を悪くするというのもあるのですが、自分が気持ちよく生活していけない中で、何で他の人に優しくしていけるのでしょうか。自分が苦しい中でも人には優しくという人は、仮面をかぶった自分でいろと言っているような感じがしてなりません。本当は自分が辛くしかめ面をしたいのに、仮面をかぶって笑顔で人に接していくというのはどうなのでしょうか。究極、そういうことになりませんか。

 自分が楽しい生活を送り、周りにもそのような自分のオーラを感じてもらい、周りも幸せにしていく、それが自然な成り行きだと思います。

 そこで大切なことは、相手を踏み台にして、楽しい生活が送れるようにと考えていく方がいますが、それは結局、周りを不幸にしていくことになります。

 >相手を踏み台に・・・というのは相手を批判し、自分の方が正しい、それを周りにアピールすることです。その言い方自体が、もはや自分の心の闇を他の人に暴露しています。相手はうんうんと言って聞いているかもしれませんが、そういう環境には幸運は訪れません。そういうことを言ってもいいという環境になり、相手も自分のいないときに、人の悪口を言うようになるかもしれません。最悪、自分の悪口を言われているかもしれません。人の悪口を言うのは意思統一で、その場限りはいいかもしれません。しかし、そういう人の悪口を平気でいうような環境では、本当に相手に対して、お互いに、思いやりを持って接することができなくなってしまうのではないでしょうか・・・。

 結局、運気を上げることの本質は、周りに対し優しくできる程、物事に対して感謝する心を持てるかどうか、そしてその心を持てるかどうかは自分次第ではないかと思います。

今しているコンビニ店員、色々感じることがあり面白いです

 私は現在、とあるコンビニで店員をしています。食料品の販売がメインの店の店員というと、普通は女性が多い職場ですが、コンビニの場合だと24時間営業なので男女比は半々くらいではないでしょうか? そういう意味ではなかなか無い世界というと大胆な言い方ですが、そういう職場だと思っています。

 私は深夜入ることも多々あります。最近のコンビニはパートアルバイトを希望する方が少なくなっており、採用のハードルは昔より下がっています。極端なことを言えば、怪しげな方でない限り、ほとんどの方が採用されるのでないでしょうか。今は中高年の方でも積極的に採用していますから。

 しかし、採用されても仕事がやっていけるかといえば、話しはちょっと違います。現在のコンビニは物を売る以外で様々なサービスがあり、部門ごとの分担制では店の業務を行っておらず、一通りの店内業務を把握してないと、レジに立っても仕事にならないのではないかと思われます。私とて50代後半で今の店に採用されていますが、まったくコンビニの経験がなかったら、他の販売経験があったとしてもおそらく勤まらなかったと思います。もともと私は昭和の人間ですし、学生時代はまだ、パソコンに関わる授業もなかった時代です。自分のパソコンをまともに持ったのも30代になってからです。ワープロくらいは文書を作るものだとは学生時代から分かってはいましたが、はっきり言って自分の携帯電話を持つようになってから、パソコンに対する概念、ネットが使える、ネットでは何ができるのか、というようなパソコンでできる一通りのものが分かったくらいです。

 現在のコンビニは先ほど申した通り物を売る以外に様々なサービス、例えるなら収納代行、チケット販売、宅急便やメルカリ受付、定期的なくじ引きの実施、ファーストフードを調理して販売等、その場面ごとにいろんな店員にならなければならず、また様々な支払いの決済を取り扱うレジを代表としたIT機器の操作もあり、中高年にとってはハードルが結構高いのではないかと思われます。

 これを言うと、どのコンビニか分かってしまうのですが、夜、ワンオペで消費期限が切れそうなものを下げている合間にメルカリで荷物を預けるお客さんが来店、ウーバーイーツ受注のアラームが専用タブレット端末から鳴り響き、受注の商品を店内からかき集め、そのうちにまたお客さんがきたりしてウーバーイーツの配達の方も店に来てしまうということもあり、人件費削減のワンオペは現在のコンビニでは、常に業務遂行に崩壊をきたす危険性がはらんでいることを私は実感しています。

 社会インプラとしてコンビニはなくてはならないものとされていますが、ワンオペの時間を作らなければやっていけないコンビニが増えているということは、日本の汚点だと私は感じています。フランチャイズシステムにより、コンビニ内で働く人の問題は本部の方ではノータッチであり、本部側の方々は家族を養えるだけの収入を得ても、店舗従業員は業務が複雑でも低賃金であるという構図、この構図は今のコンビニでは変えようにありません。労働組合を作りオーナーに賃上げを要求しているところもあるようですが、私からすればそれはお門違いに見えます。なぜならオーナー自体、本部にロイヤリティーという名目で搾取される立場であり、その構図を変えない限り、オーナーに攻め寄っても根本的な労働問題の解決にはならないのです。

 労働組合では資本家と労働者という関係性から物事を考えがちですが、今の時代では、必ずしもそのような分け方が当てはまるような事例だけではありません。労働組合ユニオンの上の方々は労働者のことを考え、まことに一生懸命頑張っておられます。少子高齢化が騒がれている中で、最近は特にそうです。しかし時代は変革をしており、単に資本家側と労働者側に分ける構図では成り立たなくなっていると言えるのでないでしょうか。

 また最近では会社の縦割りの構図、要するに一方的な業務命令という昔の軍隊のようなやり方ですが、そのようなやり方では令和の時代、私は時代にそぐわないと感じております。  

今の時代、労働者と話し合ってより良い会社にしていくという流れがあり、労働者どうしが結集して、資本家に団体交渉を申し入れるという流れは作りにくくなっています。昔ながらの頑固おやじは姿を消したように、中小企業であるならば俺がトップだ!といばって、会社の従業員に有無を言わさず、やれ!、などど言っている経営者は少なくなっています。第一そんな頭の固い経営者ならば、時代に乗れなくなっています。

 現実を読み取り、そこからどうしなければならないのか、コンビニの低賃金の問題があるならばなぜそうなっているのか、根本的な原因を突き止めることが大切になってきます。

 今、私が懸念していることは、コンビニが最低時給でやっているからウチも最低時給でいい、そういう傾向があるところです。

 岸田総理からは少子高齢化の問題が、今年に入り初めて出てきましたが、様々な手当の強化に走っているように感じられます。でも私はそこではないと感じています。労働者一人一人が家庭を持っても生活していけるレベルの賃金にする、そのことに着目をおかなければならないのではないかと思っています。

 ただ、だからといっていたずらに岸田総理に敵対心を持つのではなく、今の低賃金の現実を理解していかなければならないと思います。紐解いていくと必ずしも中小企業の資本家ばかりも責められなくなりますし、そのことを岸田総理にも理解してもらう活動が必要となってくるとは思います。

 

 話は変わりますが深夜のコンビニでは、やはり若い方々のお客様が多く来店します。私も中高年の部類に入りますが、中高年の方々と比べると、自分勝手なお客様は少なく感じています。コンビニではレジを含めIT機器がなければ業務が成り立ちませんが、若い方々はIT機器に関しての理解度が高く感じられ、会計時の疑問も瞬時に理解し無くしていくすべを持っています。レジの前に来られ、会計時に何でこうなるんだ、といった質問もほとんどありませんし、よく説明してくれないと分からないといったこともありません。

 それはなぜかと考えましたが、スマホでもパソコンでも、操作が分からない、新しい機能はどうすればいいんだと言っていても事が進んで行かず、文句を言わず瞬時に自分で理解し事を進めていくしかないとこがIT機器にはあります。そういう気質が若い方には自然とあるのでしょう。

 深夜はタトゥーや顔にピアスをした若い方も来店されたりしますが、店員の立場から見るとマルチコピー機やチケットの取得方法、収納代行のシステムの理解等、すんなりできており、こちらが説明に困ることはほとんどありません。それだけ若い方が賢くなっていると感じますし、実際、バイトで採用された高校生の女の子でも、私こんな複雑なレジ覚えられないというような声は聴いたことがありません。そういう若い方が、低賃金に悩むような世の中になってはいただけないですよね。

 

 深夜のコンビニは若い男性客が多いですが、若い女性の方も、歩いて一人で来店される方も見かけます。時代は変わったなと中高年の私から見ると思います。でも夜中にやっているコンビニが今は多数あるから、そのように変わっていったとも言えるでしょうね。暗い夜道、ここまで来るまで怖くなかったのか?とたまに思うところに自分も歳をとったなと感じてますが、帰りも気をつけて帰ってくださいね!と、どうしても思ってしまいます。

実はYouTubeチャンネルを持っていた私

 これまで私はこのブログでいろいろな社会問題に対し、自分なりの見解を出してきましたが、今年は職場も変わり、もっと息抜きの時間を持ってもいいのではないかと思うようになりました。

 実は私はYouTubeにチャンネルを持っていました。このブログの過去の記事の内容からは程遠い内容の動画が多く、息抜きでやっていたYouTubeですが、今年はもう少し趣味に没頭するのもいいのかなと思うようになりました。家庭を持つ身であり、親の介護も考えなければならない状況ですが、やはりどこかで定期的な息抜きは必要という思いになりました。

 まあ正直言うと私は若くはなく、今更、大きな野望もありません。ただ、趣味の時間を少なくしてまで毎日を過ごし、それで充実した人生を送れたと思えるのかという思いに、歳を取るにつれだんだんなっていきました。

 これからこのブログは今までのような記事はなくなるかもしれません。YouTubeSENDAI ORIGIN」のサブ的なブログになるかもしれません。実際にそういうブログは作りたいと思っていました。

 ただ・・・、これまで私が打ってきた記事はそのまま残したいと思っています。パソコンで記事を作成しているときは、それこそ真面目に社会問題を提起し、全身全霊を注ぎ、作成してきた訳ですから・・・。

 本日はクリスマスですが、最近、モデルさんを使って作成した、伝説のJR東海CMのオマージュです。数多くの方がJR東海のCMをオマージュしており、特別問題にはなっていないようなので、私もこの機会に動画を作成してみました。


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内的主観イデオロギーとの闘争

 

 

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 炎暑の候、みなさんいかがお越しでしょうか? コロナ禍において国民は今、矛盾の思いにさらされています。本日は令和3年7月28日です。東京オリンピックの真っただ中で、テレビではオリンピックの特番が流れ、ニュースも削られる勢いです。昨日はソフトボールにおいて日本が優勝し、13年ぶりに選手がうれしさを表現する場面が映し出されました。

 ちょっと前まではオリンピックの反対、中止という世論が日本国内流れ、政府の対応に国民が反発していましたが、今やテレビはオリンピック一色、そしてニュースまでもが第1にオリンピック選手の活躍を伝えています。昨日はネットでソフトボール選手への祝福が多数寄せられていました。国民もオリンピックを通しての愛国心が、一気に噴出している様子です。

 ところでこの日本の状況は、みなさんはどう感じるでしょうか。オリンピックに沸いた日本、そう捉えるでしょうか。しかし現実の日本に目を向けると、昨日東京のコロナ感染者は2848人で過去最高を記録しています。オリンピック期間中に過去最高の感染者数、こういう状況になったのは、正に政府の失策が要因でしょう。政府が自滅していく過程を、我々国民は見せつてられているような感じさえ取れます。

 しかしです、政府が自滅していく・・・、政府が悪い、そうとだけ言っていていいのでしょうか。オリンピック反対、中止せよ!そう言っていた中の人に、オリンピックに感動して盛り上がっている方はいないでしょうか? 実際にテレビ番組によってはそういう番組もあります。ただテレビだけではなく、私達大衆だってオリンピック反対と言いながら、手のひらを返したようにオリンピック情報に盛り上がる、そういうところはないでしょうか。

 私は現在の日本国において、そういう一貫性のない部分が今、露出していると感じています。

 政府は国民を思うより、自分達の利益を優先した考えに染まっています。ある意味、面白い状況になっているなと感じたのは、国民のオリンピック反対の意見を無視し、強行開催し、外国人であるIOCのバッハ会長に対し、多大なおもてなしをしてしまっているところでした。国民よりもバッハ会長、それは、誰が見ても異様な光景でした。そしていざ開催してみたら国民も盛り上がり、しかし東京のコロナ感染者数は増大するという、収集が付かない状況に今、陥っています。

 まず、政府官僚側を見れば、バカの一つ覚えみたいに何が何でもオリンピック、それで突っ走っていました。民主主義国なのに政府の国権主義、自分達が持つ特別な力により国民の意見を聞かず、感情のまま押し進めてしまうという最悪の政権ではないですか。自分達の考えで押し進めるにしても、そこに国民目線になった政策はあったのでしょうか? 緊急事態宣言発令と解除、ここ1年半あまり見ると、その連続でした。直近で言えばオリンピックの1か月くらい前に緊急事態宣言を解除し、オリンピックに備えていましたが、感染者が増えたので、またオリンピック前に宣言の発令、行き当たりばったりという言葉が日本にはありますが、正にこのことを言うのでしょう。1か月後にはこう計画したい、2が月後にはこう計画したい、そして半年後にはこういう状況を構築したい、政府からのそういう政策や構想が伝わってこないのです。もっとも先を見据えた構想を立てるならば、今の時期にオリンピックは無かったでしょう。というのもワクチンの接種が進まない中で、願望だけでオリンピックをしようというのは本来あり得ないのです。全体的な政策を考える人物の不在、そして、いる者は自分達の立場利益を優先する政治家、これでは良い方向に進むわけはありません。

 さて、ところでその姿を見ていた私達、国民はどうだったのでしょうか。コロナ禍の中でのオリンピック反対、そういうテンションが高まった時に、政府に向かって運動を起こしていたでしょうか。起こしていた人もいたでしょう。しかしたいがいの国民は私と同じように、ネットでは言うが運動まではしていなかったのではないでしょうか? それどころか反対を掲げていた人物が手のひらを返したようにオリンピックの応援にテレビにくぎ付けになる、なんてことはないでしょうか。結局のところ、政府に一貫性がないと感じても、感染を拡大方向に持って行っているのは国民なんです。オリンピックは応援して、感染拡大の状況になると責任転換して政府のせいにする、私を含め、そんなところはないでしょうか。

 もっとも政府が国民に対し、感染拡大を抑えるため自粛した考えを持ってもらう方向に仕向けなかったのは、一つの落ち度の要因ではあります。「なんだ、オリンピックはやるんだ。じゃ、我々がどこに出かけたって勝手じゃないか。」そういう風になってしまいます。そういう世論を政府が国民に対し植え付けてしまったこと、それは良くないことでした。

 だからといってその政府の良くないことを認識し、自粛に励もうじゃないかという人はとれだけいたでしょうか・・・。

 私達には物事に対し思うままに言ってしまう部分があり、言った後は別な感情に変わったり、自分の立場が危うくなると自己保身に走るところがあります。周りを見るより自分です。自分が可愛いのです。ですから資本主義下の日本では、国全体のために私は頑張るという人物が出てこないのかもしれません。一人一人の国民が政府官僚の態度・影響を受け、もはや個別分散化しているように感じます。

 ここで、最も恐ろしいと感じるのは、そういう国民性や個々の資質がそうなっているということを、私達が認めないこと、そのような欠点があることを私達が自覚していないということが、最も危険なことではないでしょうか。私自身、誤りや欠点がどこにあるのかと追及もせず、そういうことを言われると感情が沈んでしまいます。ところがその欠点や誤り、その意味を認識し考えるところに発展性が生まれます。そのことを自分で考えられないとしたら、自分を第三者的の視点から見れない、つまり主観主義ということになってしまいます。自分はこう思う、しかし周りから見た視点では、自分の思いとは全く違う・・・という、悲しいかな私はそうでした。そのようなイデオロギーの固まりが自分にはありました。これでは恐れ多くも、相手の立場に立っては考える人間にはなれません。

 オリンピック開催と同時に東京のコロナ感染者が最高数値、この国の迷走はそのような国権主義を一貫性のない私達が許し、変わり身の早さで、オリンピックが始まればオリンピックの方に気分が盛り上がってしまっている言動があり、そこにも現在の問題の増大はあります。

 いずれにせよ、現在7月28日の歪んだ状況は国が悪いという外的批判の他に、自己の批判も我々はしなければならないでしょう・・・。

 昨日感染者2848人、そして今日夕方の発表はどれくらいになるのでしょうか? 国は何やっているんだ!と言っていると同時に、オリンピックの開会式のテレビ視聴率は50%以上で、テレビの前でみんな、オリンピック開会式を観ていたという矛盾がここに存在するのです。