夜明けのCRYSTAL ROAD 北上京だんごの風

懲戒解雇から復帰した組合分会長のブログ

北上京だんご分会長がマンションの管理組合の理事長に

 ブログ、久々に更新します。最近、ちょっとした出来事がありました。私が住んでいるマンションの総会があったのですが、そこで私が住民組織で作る管理組合の理事長に推薦され、せっかく推薦されましたので、引き受けることに致しました。地域活動の一環として今住んでいるマンションの総会にも毎年出席し、住人とコミュニケーションを取ってきましたが、労働組合活動で養われた相手の側に立つという私の感性が、住民の方々も感じ取って頂き、前理事長からの推薦で理事長をやらせていただく運びになりました。
 解雇撤回闘争でも日頃の組合活動でもそうですが、「相手の立場に立つ」、この言葉は口先だけでなく、本当に実行しなければならないという思いで、ここ数年、活動をしてきました。解雇撤回闘争においても経営者は何を考えているのか、側近は何を考えているのか、北上京だんごの従業員は何を考えているのか、北上京だんごの取引先は何を考えているのか、大衆は何を考えているのか、相手からの立場で物事を考えていけば、自分がどう行動しなくてはならないか、必然的に分かるのです。端的に言えば、思いやりを持てとかそういう美談的なものではなく、闘争する相手方の身になって考える客観性が大事であり、そういうことを労働組合活動をしてきた身として感じています。
 私達はどうしても、この世に生を受け、生まれ育った環境や人生経験で作られた感性で、物事を考えてしまう癖があります。仏教でいう因縁因果の法則、私はあまり詳しくはありませんが、その人の持つ前世からの因縁によって、その人の持つ因により、その人の人格、物の考え方が形成される縁である環境が決まると言います。仏教にはそういう思想があり、その流れを変えないと駄目だ、そういう意味でメジャーなお経である般若心経があるといいます。因果応報という仏教の思想があり、それを変える道があるということで般若心経があると言われています。物質は空である。実態がない、水は低温度という縁・環境によって氷にもなる、そういうことが般若心経の中で言われているといいます。環境を変えることによって苦しみを無くす道がある、「無・苦・集・滅・道」、お経の中にもある言葉の意味がそこにあるということです。
 この般若心経から学べることは、運命を変えるのは環境を変えていかなくてはならないということではないでしょうか。ただそこで思うことは、ただ仏像に向かって手を合わせればいいという日本古来からある仏教のやり方では、何も変わらないということです。ですから日本の仏教は欠点がある問うことでしょう。般若心経にせっかくそういういいことが書いてあるのに、ただ手を合わせれば幸せになれる、成仏できるという考にはやはり欠点があることを感じてしまします。私がそのようなことが言えるのは、そういった仏教系の大教団の信者ではないからです。
 やはり環境を変えるという実践的なことがなければ、物事は変わっていかないものだと私は思います。そのような努力の上で手を合わせるなら私は何も言いませんが・・・。
 そこで重要になってくるのが、これまでの自己の形成過程の中で作られた感性を土台とした主観ではなく、相手側か見た場合どうなるか分析をし、組み立てていく客観性であるのです。その客観性を把握するのが、活動という実践です。その実践を行うことにより感性的認識から理論的認識へと変わっていきます。そしてその認識を土台とした再実践が行われるようになります。そのようなサイクルにより本当の現実が分かり客観に近づいていきます。この過程において、本来持っている主観的な認識が変わり、現実が変わっていくようになるわけです。
 私はこのようなサイクルを指針に組合活動を行ってきました。ただ実践して把握したことの分析はもっと鍛えないと駄目だというのは自分で感じています。私が優れた人間であれば北上京だんご分会はもっと変わっていたはずですから。
 今回、今、住んでいるマンションの管理組合の理事長にならせて頂いたわけですが、住民が一体何を考えているのか、それに対して私はどういう行動を取らなければならないのか、正にそのような考えのもとで理事長をさせて頂きたいと思っています。今まで、少しでも私のそういう考えが住民にも伝わり推薦されたことはありがたく感じます。やはり地域活動をする上で個人的な信頼は欠かせません。口だけの「相手の立場に立つ」ではすぐに相手に見破られます。
 労働組合活動においても、分会長としてもっと人に信頼される自分を目指したく、謙虚に客観状況の分析、把握、判断、そして計画を立てていきたいと自分に言い聞かせています。