夜明けのCRYSTAL ROAD 北上京だんごの風

懲戒解雇から復帰した組合分会長のブログ

子育て世代の当事者 から宮城県知事に9月入学案を問う

 今までのブログにおいて各々の記事が、内容において一貫性を貫いてきたこと、そのことを読者の皆様は感じ取って頂けたことと思います。このブログは北上京だんごの社内の状況を漏洩するものと捉えた方は、いらっしゃらないと思います。合同労組の分会長としての、個人で感じたことを日々ブログにしているものです。その中で解雇撤回闘争の真実は語ってきたわけですが、闘争の戦記のような感じで書いたものであり、社内、内部状況暴露とは異なります。真実でないことを長々書いたものだとしたら問題になりますが、私の体験した解雇撤回闘争の戦記であり、内容は真実です。ただし、その記事は全体的なブログ記事の中から見れば一旦に過ぎず、階級社会、落差社会の真実を一般の皆様にお伝えする意味で、私は書いたものであります。この階級社会、落差社会是正については、私が生きる上での1つのテーマです。人として生まれて権力に媚びて理不尽に暮らす、人が人を支配する、そういう社会は変えていかなくてはならないと私は感じています。本音と建前、それが履媚びるこの現代において、一石を投じるブログになれば、幸いと思っています。
 北上京だんごについてはいろいろと思うところはありますが、今回は2020年4月に宮城県知事M氏が言い出しっぺの9月学校入学案について、私が思うところを書いていきたいと思います。結局それは日々、会社内においても感じるところと通じるものはありますが・・・。
 2020年4月下旬、宮城県知事M氏はコロナウィルス感染を避けるため、休校している学校の入学、始業式を、9月にする案を全国に向かって打ち出しました。その時に言われていたのが次の言葉です。
「9月に合わせると、地域間の学力差がなくなり、海外留学や留学生の受け入れもしやすくなり、国際化に弾みがつく。」
 いやいや、何とも美談でまとめられた言葉です。しかし・・・、それに対し私はそういう策はどうかと4月の段階で異論を唱え、このブロブではないですが、ネットにその件に対し問題提起をしました。この問題は知事が自分のこととして感じ取る感性はあるのかと、疑問に感じたのが問題提起の発端です。コロナ問題で学校が休校になり、そのせいで学校に行けなくなり学習の遅れが問題なのに、知事は学校に行けない状況が続いているので、いっそのことこの機会に9月入学案を押し通すことに意義がある・・・と言わんばかの都合のいい解釈で9月入学案を押し通そうとしたのです。
 本来は学習の遅れに対して、そのような環境を変えていくことが筋であると私は思います。すでに私立の学校では行っているようですが、ネットによる授業を行える環境作り等、検討、やることはいっぱいあるはずです。しかしそのような環境にしていくことは、一朝一夕ではできません。よほど検討しないとそのような環境には変えられません。知事はそれよりも9月入学案という、誰もが度肝を抜くようなアピール性があり、面白みがある案を提起したのではないでしょうか?
 学習が遅れることに対しての環境整備はなかなか変えられない・・・、知事は現状を変えられないという固定観念で、そのことに対して放棄する感情はこの時点でなかったでしょうか? 問題の根拠はそこにあるのに、別の真新しい案を出し、その案を、それによってどんな社会的な混乱があるのかも考えずに押し通そうとするという、しかも1回ではなく何週間か前も9月案も考えた方がいい・・・という発言をしています。この宮城県知事は教育関係者の意見、父兄の意見も聞かず、上からの押さえつけで物事を実現させようとする、実に官僚的な方だというのを今回感じました。しかもこの9月入学案は学校だけの問題ではなくなるはずです。なぜなら世の中の新年度は4月だからです。ですから非常に危険な考えの知事だと私は感じました。
 しかし、4月の段階で私が知事の発言に対しネットで問題を提起したら、感染爆発のため学校に行けない、見通しが立たない、それならばいっそ9月から再スタートを切ってちゃんとやった方がいい、子供を学校に行かせられないという感情論だけで学校再開はできない、理解しろ等、私に対しての一般の方からのネットでの攻撃は凄まじいものがありました。そのような方々に私が言ったのは、今、日に日にこれを行ったら大変という現実がみなさん分かってきたようです・・・これは社会構造が変わってしまうような話なのです・・・という回答をしていきました。
「どのような展開過程を経て実現できるのか、説明してほしいです。でもそれは酷なのでいいです。ここ数年9月入学式の話しが出ても、社会構造上、越えなければならないハードルがあり、実際には行えないのです。感情論では物事の実現は不可能なのです・・・。」
とかく我々は思い付きでネットにて物を言う癖があります。木村花さんのネットでの誹謗中傷が原因の自殺等、社会問題になっていることではあります。追い詰めた方、相手側の立場に立ったことはあるのでしょうか? でもそれが一般の方ならは、私はその個人に対して物申すことはできません。誰なのか分かりませんから。しかし、県政の長であるはずの宮城県知事には、カッコ内のことは問いて行きたいのです。主観的な感情論だけで押し通していったら、大変なことになるということを話したいです。宮城県知事のM氏は自己の都合により発言を組み立てるのではなく、問題の根拠を掘り下げ、今回は児童・生徒が当事者になりますが、その当事者の立場から思考することをやって欲しかったと感じました。そうすれば何を最初にやらなければならないか、自ずと分かってくるはずで、9月入学案は、とても恥ずかしくて言えなくなるはずです。子供側に立ち、子供の日常性に理解していたか、また学校以外の組織の立場に立ち、そういった社会的な日常性に対し理解していたか、私は宮城県知事にはそういう要素が今後、求められると思います。大阪府知事も一時期9月入学案には賛同していましたが、大衆側に立ち日常性を理解するという点では、一回りも二回りも最先端を行っていました。それが大阪府民から指示を得ている根拠でしょう。
 宮城県知事M氏とは、選挙活動をしているとき、某区民祭りに現れ、その時、たまたま私もだんごを販売していたテントに顔を出し、写メに一緒に入ってくれたということが過去にありました。私はそういった庶民感覚の気さくなところはとても好感が持てます。しかし、今回の9月入学案を押し通そうという行動は、いかがなものかと感じました。
 仙台市では最近、小中学校に一人1台のタブレットを今年中に与え、オンライン授業の整備の方向に向かうかじを切りました。これは万が一、今後も休校になった場合を見据えています。でも県内で仙台市だけがそういう環境が構築されるだけでいいのでしょうか?
 そこいらへん、知事のM氏には状況を把握し、早急計画、実現させるための策を検討して欲しく思います。すでに目の前に地域落差の問題が転がっているわけですから・・・。