
2024年秋、現在やっている仕事もやっと体に身についてきて、アマチュアカメラマンとして撮影会で春谷さんを何回か撮影していて、春谷美羽さんの当時の事務所隣で行われるライブにもなんとか顔を出せるようになった矢先のことでした。
以下、事務所経由で出された春谷美羽さんのコメントを転記します↓
この度、2024年11月8日にヤンチャン学園SENDAIを卒業しました。
今まで4年半、贅沢なくらい幸せなアイドル人生を贈る事が出来ました。
アイドルはファンがいないと成り立たないので、これまでデビューから今日までの間
紛れも無く皆が、私をアイドルとして輝かせてくれました。
毎週土日にライブが2本あるとしたら、単純計算で4年半1080本のライブをしました。
遠方から遠距離で時間をかけて会いに来てくれた人、忙しい中私の為に時間を作って会いに来てくれた人
毎週のように会いに来てくれた人、4年半全通だった人。
皆が応援してくれて、必要としてくれたからこそ、ここまで長く活動することができました。
会いに来てくれた1人1人の事、心の底から愛しています。
本当にありがとう。
今まで一緒に活動してくれたメンバー。
一人一人の存在が濃くて、それぞれに思い出があって
思い出すと幸せな気持ちになります。
沢山迷惑をかけたといいますか、多分年上なのにずっと妹みたいに私に呆れてたと思います。
お世話をしてくれてありがとう。
特に長かった
毎回私の襟を直してくれたあーちゃん、1番可愛がってくれたみのたん、マブダチだったみまちゃん。
3人の動画や写真は今もいっぱいフォルダにあります。可愛くて大好きでした。
一緒に活動してくれて本当にありがとう。幸せだったよ。
今回
私は悲しいお別れをする機会を作るのが嫌で
また、私自身も終わりだと思っていなくて
皆にも同じく思って欲しくなかったため
運営さんに我慢を聞いていただき、卒業ライブはせず、何も告知はせず終わらせるという決断をしました。
本当にごめんね。
4年半人生を捧げてきた活動に終わらせるという決断を下す事は
とても勇気が必要でした。
私は停滞という状況が苦手で
実はこの2年ほど、今後の自分のあり方についてずっと悩んでいました。
次のステップに進むために、現状に満足できない自分の気持ちに寄り添う為には、
卒業は選ばなければいけない大切な選択でした。
歌うこと、演じること、喋ること・・・芸能のお仕事は本当にどれも好きで
皆の前で歌って踊って輝けるアイドルは『天職だよね』ってまわりに言って貰えるくらい楽しくて生きがいでした。
でも、貧欲な私はもっと色々なお仕事に挑戦したいと、常日頃野望を抱えていました。
ここから私が目指す道は
今まで以上に大変だと思います。
でも、いつかアイドルの自分に終わりを告げた時
チャレンジせず終わった人生に後悔はしたくなかったので
どうせならチャレンジして失敗しようと思っています。
また皆に会える機会を必ず作る約束をしたいと思います。
違うフィールドにはなってしまうと思いますが、どうかこれからも応援して下さったら嬉しいです。
今日まで本当にありがとう。
そして明日からまた新しい春谷美羽をよろしくおねがいします。
春谷美羽
この日が来てしまった・・・。私の最初の実感でした。
アイドルを数年間やっているのは分かっていて、このコメントが出る約2か月前にも、私は春谷さんと撮影会をしていました。その時に感じたことが私にはありました。いずれ別なフィールドで頑張る日が来るのではないか・・・ということでした。この時は外での普通のリクエスト撮影会でしたが、すでに水着の撮影もこなしているのが分かってましたし、次のフィールドに挑戦してみたいという気持ちというか、オーラを私は感じながら彼女にカメラを向けていました。
ですので、このコメントが出たときは驚いたという気持ちより、先程申した気持ちの方が強かったのです。
出されたコメントはお読みになられても分かるように、1つの文書としてはレベルが高いものでした。普段の生活の中、どうしても我々は手短にコメントを出すということが習慣ついています。LINEやX、インスタ、どれも手短に簡潔にというのが求められます。そんなご時世、これだけ気持ちが伝わるようなキチっとした文書を作れる春谷さん、ファン、一緒に活動したメンバーへの感謝、そしてなぜ突然卒業発表するのかという意味、これからの意気込み、そういった内容が構成良く書かれています。アイドルをやっていても4年制大学をキチっと卒業している彼女ですので、やはりこの文面を見るだけで、大学の方の学びもキチっとやられていたことが分かります。
私は一時期とある活動で、東北大学の学生さんとの接点がありました。外見上は今の若者なのですが、レポート等を書いてもらうと、ほとんどの学生さんが内容に奥深いものを感じました。そのときのことを思い出してしまいましたね。
さて、このようなコメントを出した春谷さんでしたが、ちょうど1か月前には体操着・水着画像も入ったデジタル写真集も出していました。そのデジタル写真集の宣伝文句が「ライブアイドルから水着グラドルへ」でした。そして同時期には首都圏で開催の屋外プールサイドでのグラドル等が多数参加している、水着撮影会にもライブを欠席して参加していました。
私はその時期、まだ春谷さんが水着になることは「何で?」という感覚でいました。わざわざ水着にならなくともビジュアル的にやっていけるのに、そこからどこに進んで行くの?という感覚が自分の中ではいつまで経っても払拭できませんでした。その気持ちが変わったのが、正に卒業に関してのコメン文書を見てからでした。彼女の中で十分に考え、後から後悔するようなことがないような選択であったのが分かったのです。
アイドルとしての春谷さんを観てから、私の場合はその時はまだ1年半でした。みんみファンとしては遅咲きだったのです。4年半の活動を観て来ず、4分の1くらいのアイドルとしての光景を観てこなかった私ですから、「何で?」という思いが先に立ったしまったのだと感じています。
そんな私の気持ちを変えさせてくれたのが、卒業の文章でした。
その後、デジタル写真集を観返してみると、古民家での水着の撮影も色メガネを取って観ることができていました。古民家での撮影は私自身もやってみたい撮影でもあります。
自然な気持ちでのデジタル写真集を観れたのですが、同時に、私だったらこう撮る、という気持ちも生まれていました。単なるカメラ小僧だった私ですが3年前くらいから撮影・編集を独自に学んでいましたので、水着姿に関係なく、ノスタルジックな雰囲気が出るような画像・動画を撮影を、春谷さんを被写体にもっとしたいというのがありました。そのような思いと古民家は私の中では合致していました。
卒業後、次の事務所に入るまでの間、春谷さんの計らいで、幸いにもそのような撮影をする機会も恵まれました。ただ私の腕前から見れば、発展途上の撮影会であったとは今、感じています。但し、現在はこのような1対1の撮影、動画の撮影はできません。でもいい思い出になり、水着はアマチュアカメラマンのリクエスト撮影ではNGでしたが、春谷さんにはここまで撮影に応じてくれたことは感謝し切れないです。
今年に入り、新しい芸能事務所に入った春谷さんは、撮影設備の整った場所での水着もあり撮影会を、都内ですでに数回、行っています。アマチュアカメラマンで、数年足らずの短い間ですが春谷さんに一目置いていた私は、思い切って仙台から東京都内に足を運び、撮影会に参加しています。撮影設備の整った場所での写真に特化した本格的な撮影は、私にとっては経験が無かったのですが、これまでの撮影経験を糧に真剣勝負で挑んでいます(笑)。
数か月前まで春谷さんの水着姿に、どちらかと言えばやってほしくないと思っていた私がなぜ、お金をはたいて(笑)都内に行ってまで撮影会に参加するのか。勿論、卒業の文面で春谷さんの気持ちはよく分かったわけですが、その春谷さんの卒業の文面に表された気持ちに似ているものがあります。端的に言えば、後から撮っておけば良かったと後悔したくないんです。
ライブに行くことが定着した矢先、アイドル引退、そのような顛末を乗り越えてきた私にとって、このような機会があるのに無視することはできませんでした。同時に自分だったらこのように撮る、という気持ちは心の片隅にずっとありましたので。その気持ちが正解かどうかは分かりません。時間とお金を使って、このように撮ると思って、未熟ゆえ失敗であっても、撮影会に行かないで数年後に失敗だったと後から思うより、行動して失敗したほうがいいと思いました。
さてさて、春谷さんチェック済みでSNSアップ可の画像の中から、数点を出します。YouTubeの私のチャンネルにも出していますが、画像が数秒で流れていくので、こちらの方がゆっくり観れるかもしれません。
この撮影に至るまでは私の心境の変化がありましたし、春谷さん自身、事務所が変わるという環境の変化を見事に乗り越え、ここにあるという感じです。
撮影設備が整った撮影会場で自分もテンションが上がっていましたし、最終的な画像の仕上げでも元アイドルをイメージするような感じにはしていません。もともとカメラ小僧でしかなかった私自身のステップアップにも、大いにプラスになりました。
春谷美羽さん、ありがとうございました。











