夜明けのCRYSTAL ROAD 北上京だんごの風

懲戒解雇から復帰した組合分会長のブログ

北上京だんご分会長が!?秘かに受講していた子供の里親研修

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 北上京だんご本舗のずんだ餅は以前もお話しした通り、アニメ、アンパンマンを生んだ「やなさたかし」さんがデザインした「ずんだ・もちこ」がキャラクターとして、ずんだ餅の箱に描かれています。やなせたかしさんに関しては言わずとしては有名な漫画家ですが、やなせたかしさんの食に対する思いは深いものがあります。その思いについては、以前の私のこのブログ<ずんだ・もちこのデザインをした「やなせたかし」さんの戦争体験から来る思い>にて、私も書き表しています。

morinomiyakotyanneru.hatenablog.jp


 小さな子供たちは大人気のアンパンマンです。やなせたかしさんは晩年、ステージに立ち、子供たちの前で自らも加わったアンパンマンショーを行っていました。80代になっても身軽さを失わず子供たちを喜ばす姿の背景には、いろいろな積もる思いがあったのでしょう。
 このブログは題目こそ「懲戒解雇からの復帰」になっていて、懲戒解雇された人間がどのように復帰したのか?という点が描かているような装いになっていますが、その題目の背後にあるのは階級社会、落差社会の真実、現実であり、またそのような社会の家庭の中で生きる、子供たちに関係した面での話しがブログの文面には多く出てきます。
 正直、労働組合の分会長としてどう復帰を果たしたか、その部分に関しては中途半端になっています。というかこのブログは表面的には「懲戒解雇からの復帰」を打ち出しているのですが、実はそれは大衆向けの宣伝文句的なところがありました。なんだそうなのか・・・と思う方にはひたすら謝るしかないと私は思っていますが・・・。このブログは会社から見れば、何を書いているんだ!ということになるかもしれません。しかし私の中では、このブログの性質は題目とは異なると思っています。もっともそうでなければ、私はパソコンのキーボードを打てないでしょう。本格的に会社との闘争等を出すと思ったら、私の判断では書けない部分も出てくると思うんです。ですから今、こうして書けるのはブログの本質は、実は「懲戒解雇からの復帰」が主体ではないからなのです。
 さて階級社会、落差社会の家庭で生きる子供たちのことの話しを先ほど出しましたが、私の子供が今よりも小さかった時代に、私にはいろいろな思いがありました。

 今の時代、家庭を持つのが必ずしも普通という時代ではなくなったこと、その中で子供を産む、それは、同じ年代であっても全く違う人生を歩むということになるということです。私は子供が小学生に入った時点で、小学校の父親有志で作るおやじ倶楽部に入りました。父親どうしが協力し合いが自分の子供以外ともふれあうという機会を設けた、自分にとって面白く活動させていただいた会でした。
 ただその会で数年やっているうちに、子供も持てない人たちもたくさんいるのに・・・と思うようになりました。自分は幸いなことに家庭を持てて子供もいる、でも今の時代、ここまで来るのも困難なのではないか・・・と思うようになりました。非正規労働者の増大、それは女性だけでなく男性の非正規労働者も多くなっています。非正規ということはローンが組めない等の問題もあり、持ち家を購入できないということに発展していきます。私の地域では分譲マンションにいる家庭が多かったのですが、もはや家庭も持てて持ち家も持てて、それはもう勝ち組の部類に入るのではないでしょうか? ですから中古マンションとはいえ私も持ち家は一応あるのですから、私のその部類に入るということになります。
 しかし・・・世の中にはそうでない人の方が多いのでは・・・、そういうことはその時から感じていたことです。同じ日本に生まれ、本来であれば平等に生きなくてはならないのに、なぜこんなに落差が生じるのか?、おやじ倶楽部に集まるお父さんたちが一般大衆から見て大多数、とはどう考えても思えませんでした。大企業より中小企業の方が多い日本です。その中小企業は今、もうかっている方が稀です。必ず労働者の搾取の方に走っています。
 子供食堂というのが最近はいたるところにできましたが、本当に今の時代を象徴していると私は思います。おやじ倶楽部で活動していたころはまだ、子供食堂はメジャーではありませんでした。そんな中で、市政だよりの里親講習への参加の呼びかけを私は目にすることになります。その時、私は、これだ!と思いました。今の時代、裕福な家庭に育った子供たちだけではないという、そのような環境とは別の次元で育つ子供たちもいる、そのような子供たちはどんな表情をしているのだろう・・・、そう感じたのです。 

 そして、実際に里親講習を受講するため、ついに申し込みをしていました。でも私の奥さんは賛成、というスタンスではありませんでした。「いったいあなたは何を考えているのか・・・」という感じでした。
 やはりそれが一般的な感覚なのでしょうか? 自分の子供に愛情を注ぐのは当たり前のことです。でもそのような心で、様々な環境を経験してきた子供たちにも同じような愛情を注げられないのだろうか・・・、という思いが私にはあったのです。
 でもそれは自分がそうだと思い込み、それに酔いしれているのではないか、そうも思うようになりました。そこで自分の子供に対する思いを見つめなおすため、そして本当に里親にもなるということも、その時、考えました。もう8年も前のことになるんですね。
 期間は約3か月だったと思います。児童相談書での講義、これに関しては実はあまり覚えていません。印象的だったのがやはり、児童養護施設に研修に行ったときのことでした。
 そこは住宅というより一つの学校のようでした。でも教室はなく、何人かで過ごす個別の住宅という感じではあるのですが・・・。その施設の中で、いろんな年齢の子供たちと触れ合う機会が持てました。
 年齢にして小学校入学前の、園児くらいの子供たちと接する時間もありました。驚いたことに、そこは普通の幼稚園、保育園と変わらない光景があり、子供たちも何ら変わりない雰囲気でした。そのような光景を見て、私はなぜかその時ホッとしました。違った光景だとしたらどうしよう・・・という思いがあったのかもしれません。人懐っこい子供が多く、それも意外だったのですが、でも、そういう行動の背景には何があるのか・・・、そうも考えました。それを思うと涙が出そうでした。でも・・、そんな風に主観的に思うのは間違っていると言えるでしょう。「恵まれない子供に愛の手を」なんて言って街頭で募金活動をしている人達を昔、見かけたことがありますが、恵まれない子供はどういう状況?ってその時、私は思いました。恵まれないという決めつけ、そういうレッテルを貼るのか、ということになります。ですから涙が出るなんて、自分はまだ感情に流されやすいな・・・と思いました。児童養護施設の職員さんたちは、みんな生き生きと子供に接していました。そしてちょっとの子供の感情の変化を見逃していませんでした。里親にもしなったら、自分はそのようにできるのか・・・ということで、本当に考えさせられました。
 里親講習も終わり、画像のように講習、研修を受けた証が残りました。高給とは縁がない私ですが、でも家庭を持てて、持ち家も持てて、ある意味裕福な部類に入る私が、自分を見つめ直すための3か月の異世界での学習と旅は終わりました・・・。
 申請すれば里親にも本当になれたのですが、でも、妻はそこまでは認めてくれませんでした。他人の子供を愛すること、そのような器には自分はなれない、あなたも表面的に思っているに過ぎない・・・、そういう評価でした。でもそれは正解だったのかもしれません。いくら綺麗ごとを言っていたって、現実に愛情を注がなければならなくなったとき、それだけの器が自分にあるのか・・、思いあがっているのではないか・・・、自分の中で葛藤しました。
 いずれにしても人生の内で、また一つ、自分を見つめ直す貴重な体験をさせて頂きました。子供と話すときは子供目線で、そのとき初めて自分は、本当の意味で、そのようなことを感じた気がします・・・・・。